お侍様 小劇場

   “罪作りな呟き” (お侍 番外編 102)
 



ふと、意識が冴えての目覚めを迎え、
だがだが、すぐには目を開けず、周囲の様子をまさぐってみる。
閑とした室内には、微妙な温みと明け方特有の肌寒さが入り混じり。
寝具の感触や枕の堅さ、寝間着の肌触りなどから少しずつ、

  ああそうか、
  ここは自宅だとの納得に至って安堵する。

ほんの前日までを、
ただならぬ緊張感の只中に身をおいて過ごしたための、
言わばこれも後遺症。
首尾万端整えての行動ではあったれど、
それでも最低限の慎重さは欠かせず、
この身を守るためとはいえ、
自然な反射さえ意識して把握しておく必要に迫られての務めから、
やっとのこと解放されたというのに。

 “こうまで尾を引くようになっておろうとはの。”

どのような壮絶な務めであれ、
済めばすっぱり切り離し、
そんな奇想天外なお話、
どこの活劇映画ですかと言わんばかりの何食わぬ顔にて、
当たり前の日常に戻るのもまた、
関わりもった人々をも守るため、必要なことだのに。
警戒の等級がなかなか下がってはいなかったことへ、
自分で苦笑し、それから、

 「……。」

すぐの傍ら、文字通りの鼻先に、
甘やかな香りのする温みがあるのへと気がついて。

  ああ…、と。

寝入る直前まで、この彼を執拗に堪能したこと思い出し。
さんざん蜜声を上げさせ、それによる陶酔に、
溺れた末に沈没しての、熟睡したくせをして。
それでも尚、この警戒ぶりでいようとは、
総身でもって受け入れてくれた、
限りない安らぎをくれたこの彼にこそ失礼千万じゃあなかろかと。
別な切り口からも苦笑つきで反省を促された、
島田勘兵衛こと、倭の鬼神様だったりする。

 「……。」

まだ厚手のそれだろう、重々しいカーテンを窓辺へ引いていても。
既に明るい戸外の陽が滲み出していてのことか、
それともそれほどに色白な彼だからか、
やさしい線で構成された、
それは嫋やかな美丈夫のお顔ははっきりと見て取れて。
さすがにそろそろ“青年”とは呼べぬ年頃へ、収まりつつあるはずだろに。
繊細な性格や感受性の豊かさが、その表、風貌にまでも出るものか、
少しほど身を丸めかけていてのこと、伏せ気味にされた横顔の、
何とも精緻にして端正なことか。
柔らかそうな白いほおに、淡色のまつげが軽くかかっており。
額から目許へとかかる前髪もまた、
自分の漆黒の髪とは真逆、
光を集めたかのような金絲であることが、
彼のその、優しい風貌を、
ともすれば神々しいまでの麗しさに見せてしまう。
日本人離れした肌や髪色の飛び抜けた淡さから、
異邦人のように見えるからではなくて。
どれほどのこと親しんでいようと、
危険な務めに出るとだけを知らせ、
それ以外は何も語らず不安にさせているにも関わらず。
不安からひしがれての、潰れそうになるのだろ、
そんな胸中をひたすらに押し隠し。
何も訊かぬまま、送り出し、受け入れてくれる頼もしさ。
どれほど案じたかは微塵も見せず、
ただただ無事でよかったとの歓喜だけを示してくれる、
そんな彼でいてくれることへ、
すっかりと安んじての甘え切っている自分でもあると。
戻ってくるたび、思い知らされている勘兵衛で。
歴史を支える『御書』の保持のため、
そして二人といない“絶対証人”であるがため。
その生を自身のためには使えず、
時に苛酷な修羅場へ赴かねばならぬ立場に生まれた宿命を、
これまで、ただの一度も恨んだことがないといや嘘になるけれど。

 『いつまでもお傍におりますゆえ。』

その苦痛も哀しみも、勘兵衛一人には負わせぬと。
それこそそんな義理も義務もない身だのに、
ずっとずっとお傍におりますと、強く誓ってのそれからは。
泣き言も言わず、ただただ待っていて、受け入れてくれる、
勘兵衛にとっての唯一 心許せる居処な君であり。

 “だというのにな…。”

帰還の挨拶もそこここに、
逃げもせぬ腕、力づくで押さえ込み。
抗わぬ身を無理から床へと縫いとめて。
(かつ)えたようになっての、しゃにむな蹂躙為した不届き者を、
どうともお好きにと抱きすくめ、
素直にその身、開いてくれた寛容な彼だというに。
寝起きの傍らにあるを、真っ先に気遣えぬとは何事か。

 “罰が当たっても妥当よの。”

庭先からの声だろか、
小鳥のさえずりもすると、ようやっと気がついたほど、
自宅での目覚めという安らぎ、
今更ながらに堪能し直しておれば、

 「…………ん。」

こちらの胸元に身を寄せて、
すやすやと眠っていた連れ合いの君もまた、
ゆっくりと目覚めの気配を示し始めている様子。
優しい風貌ながら、それでも凛と整った面差しの、
品よく合わさった口許がかすかに震え。

 「……〜〜〜から。」

おやと、壮年殿が意を留めたほど、
何かしらの言の葉だろ文言を、
まだ眠っているまま、それでも口にした彼だったことへ。
何か夢でも見ているものか、
それとも、目覚めの刺激が、
彼の記憶の浅いところにあった何かを、
鮮明に浮かび上がらせでもしたからか。
微妙に抑揚に不自然な、
それでも言葉らしい輪郭は保っている言いようらしかったので、

 “おやおや。”

一体どんな、罪のない夢に引き回されておいでやらと、
無心な眠りの中、それでも何にか感じ入っておいでらしき言葉、
拾ってやろうと勘兵衛が耳を近づけたそこへ、

 「  から、そんな、弄ってはいけませ…きゅうぞ、どの。」

 「………っ☆」

  ………………おやおやおや。

身を寄せての耳が近くなったからだろか、
それとも、えいと言い聞かせるような場面でもあったのか。
曖昧さが消え、ずんとくっきり聞こえたそれは、

 『〜〜だから、そんなに弄ってはいけません、久蔵殿』

だとするのが、最も正しい翻訳だろといえ。

 “久蔵が?”

そりゃあまあ、
自分が留守にしていた間、
この自宅は次男坊の久蔵と彼との二人住まいだったわけで。
それでなくとも、猫の親子もかくあらん、
舐めるようにという表現が正に匹敵するような、
それはそれは睦まじい様子にて、
仲のいいところをご披露くださる二人じゃあったが。

  寝言に名前が出るほどの、
  そこまでも気を許し切っておいでというのは

たかがと言われる他愛ないことの代表であり、
なかなか本人が操作できるものじゃあないともいうが、
それでも…最も心を許している熟睡の中に現れるなんて。
それはそれは安んじて接する相手か、
逆に、余程のこと気にかけている存在だからかと。

 「……………。」

大人げなくも気になってしまった壮年殿が、
その日は一日、何かにつけ奥方を視野に入れ続け、
次男坊がほっそりとした肢体を、彼の人の傍らへ寄り添わせるたび、
微妙に棘のある視線を向けていたことへこそ、

 『…勘兵衛様、お疲れなのでしょうね。』
 『〜〜〜〜???(そうかなぁ……)』

こちらはこちらで微妙に斜めな解釈をし合っておいでで。
精をつけていただかなければと、
腕に縒りをかけ、メニューに凝り始める恋女房と。
シチが頑張るなら手伝うと、
ますますのこと すぐ傍らを“ぱたた”と忙しくついて回る次男坊と。
色んなことが色んな意味で空回りしそうな予感もたっぷりの、
ある意味、ずんと平和な一日だったそうでございます。







   〜どさくさ・どっとはらい〜  11.03.29.


  *何のこっちゃなお話ですいません。(笑)
   いつだったか Koさんから、
   罪な寝言を言う恋女房とのネタを戴いておりましたもので。
   文字通りの目と鼻の先で、
   自分以外の人物の名前、しかも意味深に紡がれちゃあ、
   いくら鬼神様であれ、大人げなくなりもしますわな。
(こらこら)

   寝言って、それへ返事して会話にしちゃうといけないとか言いますよね。
   でもでも、実は起きてるんじゃないかってほど、
   鮮明な寝言を言う人もいますからねぇ。
   ウチの父なぞ、何がおかしいか
   へへへぇと声出して笑うこともしょっちゅうです。

めーるふぉーむvv ご感想はこちらへvv

メルフォへのレスもこちらにvv


戻る